「源氏物語 夢浮橋」(紫式部)

紫式部が苦悩の末にたどり着いた女性の生き方

「源氏物語 夢浮橋」(紫式部)
(阿部秋生校訂)小学館

薫は比叡山に横川の僧都を訪ね、
浮舟の出家のいきさつを知る。
浮舟の住む家へと
僧都に案内を請う薫に対し、
彼女の道心を乱す
仏罰を恐れる僧都はそれを断る。
仕方なく、薫に仕えている
浮舟の弟・小君が
薫の手紙を携えて訪れる…。

実の弟の訪問に、
浮舟はどう応えるか?
会いもせずに追い返すのです。
薄情なのではありません。
覚悟なのです。
俗世とはきっぱりと縁を切り、
決して後戻りはしないという、
潔さなのです。
その浮舟の凜とした姿こそ、
源氏物語最終となる
第五十四帖「夢浮橋」の
最大の読みどころなのです。

長きにわたる源氏物語も、
この場面を持って完結となります。
初めて読んだとき、
その中途半端ともいえる終わり方に
違和感を持ちました。
しかしそれは
「匂兵部卿」以降の帖の主人公を
薫と見立てた場合のものなのです。
再読して確信しました。
浮舟の確固とした自立を持って
物語が完結するのは自然であるのだと。
これ以上のものは必要なく、
これが源氏物語の終点であることを。

頑ななまでに愛を拒み通し、
自身の人生に
男性が関わることを許さず、
孤高のまま病に倒れた大君。
匂宮の奔放な愛と
薫の横恋慕の狭間で上手に立ち回り、
自分の居場所を
しっかりと掴み取った中の君、
そして死の淵から甦り、
大地に足を下ろし自立してゆく浮舟。
三者三様の女性の生き方、
身の処し方。
これこそが作者・紫式部が
「匂兵部卿」以降の源氏物語で
描きたかったものなのだと思います。

一方で薫と匂宮の二人の男性の
なんと卑小なこと。
前々帖「蜻蛉」において
浮舟の四十九日法要後、
二人は競うようにして
女漁りにうつつを抜かします。
薫にとって彼女は
大君の身代わりであり、
妾の一人として
考えていたにすぎないのです。
匂宮にしてもその激しい愛情は
真実ではあるものの
一時の感情の奔流にすぎず、
姉・一宮の女房として仕えさせれば
都合がいいという程度のものなのです。

もちろんそれは浮舟の身分が高くなく、
その当時からすれば
当然と言えば当然なのですが、
あくまでも「男の論理」にすぎません。
宇治三姉妹の生き方は、
そのまま作者・紫式部が考えていた
「女性の生き方」であると考えられます。

「おそらく紫式部は
 源氏の死までの物語を
 道長の注文によって書かされ、
 それ以後の続篇は、何年か後、
 自分のために
 書いたのではないか」
という
瀬戸内寂聴の見解に、
私は全面的に賛成です。
源氏没後の物語の主役は女性です。
自身もまた男性の都合に
翻弄されて生きたであろう紫式部が、
苦悩の末にたどり着いた
女性の生き方が示されてあるのです。
そしてそれは光源氏の物語なくしては
生み出されなかったものであり、
光源氏の物語の先で
必ず到達しうる境地でもあるのです。

源氏物語の原文を一年かけて読み終え、
紫式部の魂に少しだけ
手が届いたような思いでいっぱいです。

(2020.12.19)

Free-PhotosによるPixabayからの画像

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2件のコメント

  1. はじめまして。私は本好きの57歳の女性です。読書会で、レティシア コロンバニの「三つ編み」という作品に出会いました。文体には不満足でしたが、源氏物語の最後の巻の理解が自分なりに深まりました。父にも男にも大事にされず、およそ自尊心というものがないような浮舟が、男女の事をばっさり切って出家して、不確実を怖れず、自分の頭で考えて人生を歩んでいく、その始まりが描かれていると思います。時代も場所も離れていますが、二人の作者の女性は同じ事を言っているような気がしました。本が別の本の理解を助ける、それも新鮮な感覚でした😊 ネット初級者です。

    1. こんにちは。コメントありがとうございます。
      源氏物語が好きで、訳文、原文、いろいろ読み重ねております。
      読んだ本で感じた感覚が、別の本と結びつく。
      そうした経験は私にも何度かあります。
      本は、あるいは読書は、つながっていくのだと思います。
      そのつながりを大切にしたいといつも考えております。
      これからどうぞよろしくお願い致します。

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